COLUMN
コラム
2024/11/14
当院で使用しているタイムラプスインキュベーターについて解説
受精卵の培養に必要不可欠なインキュベーター。近年はタイムラプス機能を有したものが用いられるようになり、保険診療でも先進医療として併用することができますが、そのメリット/デメリットとは何でしょうか。
目次
1. インキュベーターとは
2. タイムラプスとは
3. タイムラプスインキュベーター
① タイムラプスインキュベーターとは
② タイムラプスインキュベーターのメリット
③ タイムラプスインキュベーターの費用
4. タイムラプスインキュベーターに用いる容器(Dish)
Well of the Well(WOW)型培養Dishとは
5. AI技術を応用したタイムラプス画像の自動解析
① AI技術と胚培養
② 今後の課題
6. まとめ
1. インキュベーターとは
インキュベーター(Incubator)とは孵卵器や保育器を意味する言葉で、受精卵・細胞を培養する機器のことです。
培養室で用いるインキュベーターの中は常に一定の温度、湿度、ガス(CO2、O2)濃度になっています。
インキュベーターには様々な種類があり、庫内の温め方や湿度によって分類することができます。
以下にインキュベーターの例を挙げます。
加湿型インキュベーター
・中に水の入ったバットが設置されており、庫内の湿度が100%になっている
・培養液の蒸発が少ないため、浸透圧が変化しにくい
・インキュベーター開閉による温度変化が少なく安定している
・水を使用するためカビ発生のリスクがある
無加湿型(タイムラプス)インキュベーター
・水を使用しないためカビ発生のリスクがない
・コンパクトで省スペース
・庫内の湿度が100%ではないため培養液が蒸発しやすく、浸透圧が変化しやすい
2. タイムラプスとは
タイムラプス(Time-lapse)とは数秒から数時間単位の間隔で静止画を取得し、それをつなぎ合わせて動画として再生することです。
植物の成長の様子や天体の移り変わりなどを観察するために使われます。
3. タイムラプスインキュベーター
① タイムラプスインキュベーターとは
タイムラプスインキュベーターとはタイムラプス用のカメラを搭載したインキュベーターです。10~15分に1回受精卵の写真を撮り、それをつなぎ合わせることでパラパラ漫画のように動画として記録することができます。
② タイムラプスインキュベーターのメリット
タイムラプスインキュベーターを用いるメリットは大きく分けて2つあります。
1つ目は受精卵へのストレス軽減です。
通常、受精卵の観察を行うためにはインキュベーターから出す必要があります。インキュベーターは約37℃に保温されていますが、そこから出すことによって培養液の温度が下がったり、ガス濃度が変化することによって培養液のpHが適切な数値から外れてしまいます。
タイムラプスインキュベーターを用いた場合、受精卵の観察はモニターで行うことができるので、受精卵をストレスのかかる外の環境にさらす必要がありません。
2つ目は受精卵の形態動態を経時的に観察できることです。
従来の観察方法では特定の時間しか受精卵を観察することができませんが、タイムラプスインキュベーターを用いることで時間をさかのぼって観察をすることが可能で、より正確な評価をすることができます。
また、細胞が分割する様子などを観察することで、より妊娠しやすい受精卵を移植胚として選択することができます。
③ タイムラプスインキュベーターの費用
タイムラプスインキュベーターはタイムラプス機能のないインキュベーターと比較して高価で、観察するためのモニターやソフト等の付属品も必要になります。さらに、後述するような専用の容器(Dish)を使用する必要があります。
そのため、追加料金が発生することが少なくありません。
培養におけるデメリットはありませんが、費用がかかるという点がデメリットと言えるかもしれません。
当院でも保険診療では先進医療に係る費用として全額自己負担いただいております。
詳細な費用に関しては診察室でお尋ねください。
なお、浅田式不妊治療(自費)では全ての患者様にタイムラプスインキュベーターを使用しますが、追加料金等はいただいておりません。
4. タイムラプスインキュベーターに用いる容器(Dish)
Well of the Well(WOW)型培養Dishとは
これまでは一滴の培養液内で複数個の受精卵をまとめて培養する「液滴培養法」が用いられてきました。このような「グループ培養」では受精卵から分泌される成長因子等が一緒に培養されている受精卵にも作用することで胚盤胞形成・良好胚盤胞率向上の効果が報告されています。
しかし従来の培養方法では受精卵一つ一つを識別管理することは困難でした。Well of the Well(WOW)型培養Dishでは複数の細かなくぼみにより受精卵の個別管理をしながらグループ培養することができます。
従来の「液滴培養法」
グループ培養により胚盤胞発生が向上するが、受精卵の識別が困難である
WOW dish
中央wellの拡大図
くぼみにより受精卵一つ一つの識別が可能
5. AI技術を応用したタイムラプス画像の自動解析
① AI技術と胚培養
近年、AI技術が発達して様々な分野で応用されていますが、生殖医療の分野でもAIの開発が進んでいます。AIによる胚評価システムとしてiDAScore™、KIDScore™(ともにVitrolife社)、Life Whisperer Viability(Presagen社)などが挙げられます。
また、当院では2017年よりDeep learning技術を用いたタイムラプス画像の機械学習による2前核自動検出システムの開発を行っています。現在までに前核自動検出システムが2前核胚と判断した胚においては、その99%が正しいということが分かっています(福永ら, 2017年生殖医学会)。
2前核自動検出システムの一例
② 今後の課題
AIによる胚評価システムはこれから更に発展が見込まれる技術で、現在では治療の補助的な役割となっています。出た結果をどのように解釈し、どのように治療に反映させるかは各施設に任されているというのが現状です。
また、AIは評価をするプロセスがブラックボックスであるという特性があることが知られています。すなわち、AIが受精卵のどこを見て判断しているのかはAIの仕組み上わからないということです。
当院の前核自動検出システムでは、2前核胚においては胚培養士とAIの評価に差がないことが分かっていますが、その他の多核胚(特に微小核を含むもの)や不受精卵においてのAIの正答率は未だ低くなっているため今後さらなるDeep Learningによる精度向上が求められています。
6. まとめ
インキュベーターの種類は多岐にわたり、それぞれにメリット・デメリットがあるため、培養室によって用いているインキュベーターは様々です。
また、タイムラプスインキュベーターの出現によりAIによる胚評価システムの開発が盛んに行われていますが、胚培養士との比較や臨床への応用に関しては議論が続くところではあります。
当院ではAIを活用した胚培養を目指し、有用性の検討を重ねていきます。